変化のスピードが非常に早い市場に追い付くには、現場のスタッフに できるだけ権限を委譲しないと、ビジネス・チャンスを失うことになる。 だが、経営者にすれば権限委譲は当然、リスクを伴うことは明確だ。 そのリスクを回避する重要な方法の一つが、 企業の理念とビジョンの策定である。

川嶋 謙/アスクラボ社長

最近、多くの企業を訪問すると、大半の企業経営者から「大変厳しい時代になったが、何とか売り上げを確保するための施策はないだろうか」とか「どのようにして経費を抑え効率的な経営を目指せばよいのか」といった企業の数字改善の相談を受ける。今の厳しい経済環境にあっては当然のことかもしれないが、そうした相談には即答できない。それぞれの企業では、経営者は言うに及ばず、社内の各部門が数値改善のために大変な努力を払っているはずだからだ。

ただ、こうした場面に直面した場合、一つのバロメータとして、その会社の企業理念と経営ビジョンについて聞くことにしている。そうすると、ほとんどの経営者からは明確な答えが返ってこない。もし、あったとしても、その理念とビジョンが現在の会社の業務に合わなくなってきている場合がほとんどである。歴史ある企業ほど昔の理念にとらわれ、新しく書き換えることができないでいるようだ。昔から営々と続いている理念は変えることには抵抗があるだろうが、現実に則さない理念やビジョンに大きな価値はない。

正直なところ、筆者自身も少し前までは会社の理念やビジョンについて、とやかく言える状況ではなかった。理念やビジョンを考えることに時間を取られるよりも、少しでも売り上げにつながる業務を優先したかった。中小企業であるがゆえに社員全員が会社の方向性くらい理解して働いてくれているだろうという思いも強かった。

しかし、現実はかなり違う。企業理念と経営ビジョンを明確にしておかないと、社員全員が毎日の業務に流されてしまう。結果、個人プレー主体になり、目標と目的を組織として管理できず、企業としての総合的な力が発揮できない、という負のスパイラルに陥ってしまうのだ。

強みと弱みの抽出から始める
では、企業理念と経営ビジョンはどうやって作成するのか。当社が実際に行った作業はこうだ。

  1. 現状の業務を徹底的に見直し、現在のユーザーから支持されている業務を一つずつ丁寧に拾い、不足している部分を洗い出す。
  2. 通常、地方都市にいることはハンデになる場合が多いが、逆に地方都市であることの優位な点を探る。
  3. 徹底的なベンチマーキングを行い、他社と比較して優位性のみを挙げる。
  4. 当社の過去の開発資産を徹底的に掘り起こす。
  5. 当社の持つスキルで絶対的コアとなる部分を探る。
  6. 組織の機能を検証する。

こうした作業で抽出できた結果から分かったことは、大きく5つある。

その1.地方基盤であるがゆえに中堅・中小企業の経営者に接する機会が多く、経営的立場から企業の業務改善を核にしたしたシステムを提案できる。つまり、中堅・中小企業の経営については大きな理解力を身に付けているはずだ。

その2.メーカーの下請け的システム開発は一切受けず自己完結型であった。案件一つひとつにおいて、ユーザー企業の中に入り込み、その企業が持つ悩みを解消してきた。

その3.過去の開発資産からパッケージ化できる物件を抽出することで、当社の持つ業務知識の確認と共有化ができた。過去の開発資産の集大成に向けて得意分野のソフトをパッケージ化することの狙いはまず、自社が持つ技術レベルの確認と、その業務知識を共有化することにある。ただし、パッケージ自体の販売ではなく、ユーザーにパッケージを説明することで当社のスキル・レベルを理解してもらい、業務改善コンサルティングを展開するきっかけを作るための道具に位置付けることが重要だ。

その4.組織が小さいゆえに管理が強くなり過ぎ組織が柔軟に機能していない。

その5.中小企業であるがゆえに、要員的にも資金的にも自社解決できることが限られている。

このように大まかでも、自社の強みと弱みを把握したうえで、大きな方向性を決めればよい。強みと弱みが分かれば後は、いかに強みを伸ばし、弱みをつぶすかに向けて、自社の将来像を描いていけばよいことになる。当社の場合、理念とビジョンの策定に伴い、社名も変更した。
現社名ASCLAB(アスクラボ)はActive Solutions Consulting Laboratoryの頭文字である。つまり「積極的に企業の問題解決に当たります」という意気込みを持たせたのだ。また、あえて「ラボ(研究所)」にしたのは、中小企業である当社だけで解決できる問題は少ないので、研究室のように得意分野を持つ企業や個人とアライアンスを組んで、より大きな力を発揮しようとの狙いを込めている。

理念とビジョンの策定こそ経営者の務め
企業理念と経営ビジョンを策定せよ、と言うと「何を今さら…」と思われる経営者が大半だろう。たとえ策定するにしても「若いマネージャーに任せ組織の活性化を図ろう」と考える経営者も少なくないはずだ。だが、それは大きな間違いである。企業理念と経営ビジョンは経営者自身が深くかかわって初めて意味をなす。最初は、こそばゆい作業に感じたり、無駄な作業の集積だと感じたりするかもしれないが、粘り強く自社の状態を診断し、強みと弱みを見つけ出さなければならない。

そのうえで、自社が社会に存在する意義と、経営者として自社をどの方向に導くのか物語を組み立てて欲しい。まさにこの存在意義が「理念」であり、今後の物語が「ビジョン」である。理念とビジョンの策定さえできれば、会社が今やらなくてはならないことが自ずと見えてくる。

そして企業理念と経営ビジョンを策定するということは、システム・プロバイダの事業範囲の中で、業務改善をコンサルティングしている顧客企業に対して提供するべき大きなミッションの一つになるのではないだろうか。企業理念と経営ビジョン策定こそが、会社経営において最も必要な羅針盤であり、この羅針盤なしに、厳しい時代に生き残れないのは、顧客企業もシステム・プロバイダも同じである。

※この記事は日経BP社の許可を得て「日経システムプロバイダ」2001年10月12日号p66-p67より転載したものです。