「お前は三日坊主で何をやっても長続きしない」と、子どもの頃から父によく注意を受けていました。中学、高校、大学生になっても、母や親戚から褒められた印象は残っておらず、いつも注意ばかり受けていたように思います。

当時の私は、興味のあることは何でも試してみたいという好奇心旺盛な反面、確かに飽きっぽい性格だったので親の注意は耳が痛い部分もありましたが、「○○さんの家の子どもはお前と違って・・・」と、他人と比較した表現で注意されることにはいつも違和感を持っていました。親は人の目や世間体を気にしているから、他人を基準にして比較した注意をするのでしょうが、当の本人は「人がやっているから人と同じようにするのは違う」、「人と俺とは違う」という揺るがない思いを持っていました。

そんなこともあり、父から人と比較して注意を受けた時、昨日会った人のシャツの色やネクタイの模様をおぼえているかをたずね、ほとんど覚えていないことを確認すると、「人のことを気にしても、人はあなたが思うほどあなたのことを気にしていませんよ」と、生意気にもよく言い返していました。
その父も14年前に85歳で亡くなりましたが、亡くなる1週間程前に私のところへ来て、「自分は今まで世間や親族、兄弟を常に意識して生きてきたが、長年お前を見てきて自分の生き方が馬鹿らしくなった」と言いました。それが父と交わした最後の会話となりました。

私がとてもお世話になった2歳年上の従兄は、実家が商店を営んでいたため自宅兼店舗が住まいでした。その従兄がよく言っていたのが、「自分の家には玄関が無いので一度ちゃんとした玄関がある家に住んでみたい」ということでした。あるとき従兄に、実家の近くに自分の家を建てたらどうかと言ってみたことがありましたが、従兄の答えは「田舎なので別に家を建てるとなると近所や周りの人がどう見るのか気になるし、母親も心配するので難しい・・・」というものでした。人の目のことはともかく、子どもの心配をするのも母親の仕事の一つと思えばいいと促してみましたが、従兄はとても優しい人だったので、玄関のある家を実現することなく病気のため56歳の若さで亡くなりました。病床の従兄を見舞った際、「お前はいいよな、俺は子どもの頃からずっといい子ぶってしまった・・・」と言い、これが最後の会話になりました。父、従兄との最後の会話は、どちらも人の目を意識してきたことに対する後悔めいた内容でした。

さて、ビジネスにおいて、新たなこと・経験の無いことへ挑戦するかどうか等を判断・決断するときは、少なからずプライベートにおける自身の常識や、人の目、世間体を意識した葛藤や抵抗が生じます。しかし私は、初めから相手の共感を得るため・スタッフに好かれるための判断・決断はしたことがありません。常識や人の目に惑わされることなく、素直に世の中の変化や動きを見て判断・決断したいと常に思っています。
人の目を気にしないことで、腹が立ったり・感情的になったりすることも少なくなります。また、人の欠点も気にならなくなり、人を批評することも少なくなります。その結果、ものごとに対してポジティブになることができると思っています。

※PROナビ(自社開発システム)に日々登録される現場スタッフの情報により、市場の動き・変化を時系列的につかむことができるため、決断・判断のための裏付けとして重要な情報となっています。

アスクラボ株式会社 CEO 川嶋 謙