話が得意と思っている人・苦手と思っている人、それぞれにそう思う理由があるのかもしれませんが、多くの場合は流暢に話せるかどうかで得意か苦手かを判断しているのではないでしょうか。しかし、流暢に話せることと、聞き手が共感する、納得する、信頼感を持つかどうかということは別問題だと思います。なぜなら、会話・コミュニケーションにおいて聞き手側は、言葉の表現のみでなく、視覚(話し手の動作や姿勢、顔つきなど)や聴覚(話し手の声の大きさや質、スピードなど)も含めた体全体で感じているからです。

以前、結婚式の披露宴に出席した時のことです。
私が御祝の挨拶をした後、新婦の友人が私の席に来られて「私もスピーチを頼まれているのですが、元々口下手なのでもうすぐ順番が来ると思うと緊張してしまって・・・」と困った表情で話されました。私がスピーチのコツやノウハウを持っていると思われたのかもしれません。私は率直に思っていることを伝えました。「あなたは挨拶というのを勘違いされているのではないですか?流暢に話すのがよい挨拶というわけではありません。あなたが緊張した震えた声で『おめでとうございます。これが精いっぱいの私の挨拶です』と言っても立派なスピーチだと思いますよ。」結果的にはそれがアドバイスになったようで、緊張が取れたのか声も震えず、言葉も途切れずスピーチをされました。

別の例ですが、今は大手企業のトップをされているAさんが若い頃のお話しです。
受注直前の商談が、先方の常務の反対でライバルに取られそうになり、若手営業だったAさんが常務に面会に行ったところ、「今回の商談申し訳ないがあきらめてくれ。夕食をごちそうするから・・・」と言われたそうです。納得できないAさんは「夕食ぐらいであきらめることができません!」と引き下がらなかったところ、役員への再プレゼンのチャンスをもらうことができ、Aさんは商談への思いを再プレゼンに込めました。再プレゼンの結果、Aさんは商談を受注することができました。発注を決めて頂いた理由を常務に聞いたとろころ次のように言われたそうです。「君は涙を流しながらプレゼンしていた。それに心を動かされた。」Aさんの熱意が一時は反対派だった常務に伝わったのです。

聞き手側は、話し手の表現が上手く流暢に話せることのみで共感し・好感を持つわけではありません。例えば、展示会やイベントなどで、コンパニオンの女性の流暢な商品説明を聞いても気持ちに響かなかった経験はありませんか?流暢であっても、お定まりの営業スマイルで機械的かつ事務的な説明をされた場合、商品に対する愛着、熱心さや必死さをその背景に感じることはできません。冒頭でもふれた通り、コミュニケーションにおいて聞き手側は、話し手の言葉・表現だけでなく、視覚(表情や身振り、手振り、姿勢)や聴覚(声の大きささや質、抑揚やスピード)を含めたトータルで受け取り感じます。

たとえ声が震えて流暢に話せなくても、上手い言葉や表現が使えなくても、それだけに注目して話が不得手と思い込むことはないのです。相手に共感・好感を得るコミュニケーションは、言葉以外の視覚や聴覚で補うことができるからです。

                  アスクラボ株式会社 CEO 川嶋 謙