「業務に精通した人材の不足が存在価値を下げている」【生き残るための新経営道場(第3回)】
ソリューションとは、ユーザー企業の問題を解決することであり、 ハード/ソフトの販売ではない。いかに業務を改善できるかが 重要であり、顧客の業務と抱える問題点を知ることが大前提である。 ところが実際の行動は、売り手側の一方的な都合によるシステムの 押し売りになっている。
川嶋 謙/アスクラボ社長
中堅・中小企業は売り上げ不振による仕事量の減少と、余剰人員や固定資産を抱えながら、存亡の危機にさらされている。そうしたユーザー企業は、IT(情報技術)に投資するにしても何をどうすればよいか判断できないままでいる。今、本当に求められているのは真の“ソリューション”であるはずだ。にもかかわらず、今のSE(システム・エンジニア)や営業担当者は、現場での体験と業務知識が少なくなっている。ユーザーの状況を時系列的に理解できない今のSEや営業担当者に“ソリューション”の提供を求めても非常に困難である。 ホスト中心の時代には、メーカーにもシステム・プロバイダにも、業務に詳しいSEが多くいたし、実際にそういった人材とともに仕事をこなしてきた。彼らとは、ユーザーの業務について時間を惜しまず多くのやり取りをし、ユーザーの担当者を交えて業務改善について本気で議論した。だから、システムが稼働したときは、ユーザーはもちろんシステム・プロバイダもともに大きな達成感を味わうことができた。
OSと開発言語の変化がスキル継承を断った
当時は、業務スキルがある人材のことをSEと呼んでいた。そんな人材は今、どこに行ってしまったのだろう。ハード販売における営業担当者にしても、当時は現場に出向くことが当然とされていたし、現場を知っていることを自負する営業担当者は少なくなかった。メーカーにも、システム・プロバイダより営業力・提案力・業務知識・情報収集力のいずれにおいてもスキルが数段上のSEと営業担当者がいた。我々は彼らから多くを学び、全幅の信頼を置いていた。
ところが、パソコンが登場してからは、個人はもちろん企業も研究のために盛んに試験導入するようになった。教育現場でも急激にパソコンの導入が始まり、パソコンは汎用機やオフコンに比べると比較にならないくらい簡単に売れた。さしたる営業力がなくても売れたのである。当時はパソコンも粗利益が確保できたので、メーカーもシステム・プロバイダもこぞってパソコンの販売に参入していった。当時のパソコンの利用方法は、個人・企業・教育現場ともにワープロ的な使い方が中心で、業務に利用されることはほとんどなかった。結果、売り手側も業務のことなど考えることなく、販売台数を伸ばすことに専念していった。ここで業務スキルの継承に最初の断層が生じた。
そして、ダウンサイジングの時代を迎え、パソコンが業務に利用され始める。だが、ここで二つの大きな変化が起こる。第1の変化は、海外ベンダー製のOSを使用せざるを得なくなったこと。結果、メーカーとシステム・プロバイダには、パソコンの機種変更からOSのバージョンアップの時期、アプリケーションの手直しの時期にいたるまでの決定権を失った。そのしわ寄せはすべてユーザーに押し付けている。メーカーとシステム・プロバイダの体力も徐々に落ちてきた。
第2の変化はソフト作成言語が、COBOLからAccessやC、Visual Basicなどに変化し、従来のソフト資産がまったく使えなくなったことだ。この転換期にSEと営業担当者のスキルの継承が完全に途絶えた。豊かな業務知識を持っていたSEが使っていた言語はCOBOLだったのに、メーカーもシステム・プロバイダも、次の世代に業務知識を修得させたり、伝承したりすることなく言語の世代交代だけを急いだ。つまり、言語の変化を新しい時代の流れと捉え、新しい世代に新しい言語を取得させたのだ。
このとき、業務ノウハウを持っていたSEに対し、ダウンサイジングの流れに沿った新しい技術を習得する必要性の説得や待遇を用意していれば、本当の意味でのソリューションを提供できる環境が維持できただろう。次世代のSEは、業務知識の修得という複雑なプロセスを経ずに、パッケージ・ソフトと連携する仕組みを考えて、ユーザーの要望を満足させるようになった。営業担当者にしても手間のかかるシステム開発を営業するよりも、パッケージとハードを販売することで利益を上げることを覚えた。
現場を知っていた世代は年齢を重ね管理職になり、ますます現場から離れてしまった。現在の営業担当者は最初からクライアント・サーバー・システムとパッケージ・ソフトを効率的に販売することを教育されている。
システム・プロバイダの「原点」に戻れ
さらに杞憂すべき点がある。先に述べたように海外ベンダーのOSを使用しているため、OSベンダーの都合でメーカーは新しいハード機種を投入してしまう。加えて、メーカーもシステム・プロバイダも一部の企業や個人の動きを、あたかも全体のニーズだとして過剰反応してしまう。パソコンは数ヶ月単位で新機種に生まれ変わり、OSも短期間にバージョンアップが繰り返される。
しかし、実際の中堅・中小企業の現場においては、そうした変更が必要なのかどうか、メーカーもシステム・プロバイダもうまく説明できていない。このような状況の繰り返しに、ユーザーがメーカーやシステム・プロバイダに対し大きな不信感を持ったことは否めない。現場を体験し業務に詳しいSEや営業担当者であれば、新しいハードやバージョンアップしたOSが及ぼす影響を実際の業務に置き換え、ユーザーに説明と適切なアドバイスができるはずだ。こうしたことは些細なことかもしれないが、中堅・中小企業の信頼を得るには重要なポイントである。
メーカーとシステム・プロバイダは今一度、原点に戻る必要がある。ユーザー自身の抱えている問題点を知ることに専念するべきだ。ネット系ベンチャー企業をみても、現実のビジネスを持たないネット上だけのビジネスは、ほとんど衰退してきている。いくらネット上で「モノ」をやり取りしても、製造から物流、集金、クレーム対応などの現実を伴わないビジネスは、ブームが過ぎると長続きはしない。
いくらシステムがホストからダウンサイジングしようとも、企業が業務にITを導入する目的は業務改善にあることに変わりはない。システム・プロバイダはそのことを再認識し、業務に詳しいSEと営業担当者を再発掘して現場に戻すか、回り道かもしれないが、若い世代に企業の業務に関する教育を施して現場の重要性について体験させなくてはならない。ユーザーに提供するソリューションに正面から取り組めないのなら、市場から必要とされなくなり、早い時期に淘汰されてしまう。
※この記事は日経BP社の許可を得て「日経システムプロバイダ」2001年8月31日号p66-p67より転載したものです。