「お前に何ができる?」、「できもしないことを口にするものではない」これは私が社会人になってから両親や親族に度々言われた言葉です。

学生時代から目的意識もなく、のんべんだらりと生活してきたことを考えると、客観的に「言われて当然」とも思っていました。そんな風に言われていたときパーソナルコンピュータのテレビCMが目に留まり、「コンピュータのビジネスを始めたい!」と思いました。親族の集まりがあった際にそのことを口にしたところ、会社を経営している”元老達”からは「素人のお前に何ができる?コンピュータメーカがお前と取引などしてくれるわけがない」と一蹴されてしまいましたが、「叔父さん達の言葉には何の根拠も裏付もありません。取引が可能か不可能かは、僕がコンピュータメーカに確認します」と返しました。私には当時から「裏付や根拠のある話を信じる」という揺るがない気持ちがありました。そして自らコンピュータメーカの支店に通った結果、取引が始まりました。学生時代からの自分を振り返れば、まさにマイナスをプラスに変えた出来事でした。

■断られた時から始まるのが営業

私の父は、マツダの自動車販売会社で経営に携わっていました。父が営業をしていた当時、市場の人気はトヨタや日産の車がリードしており、マツダの車は苦戦していました。そんな中、私の父は「営業とは断られた時から始まる」と常に言っており、私の頭の中にもその言葉は刷り込まれました。
私自身、会社を設立した時は、当然ながら顧客も売上もゼロでのスタートだったため、他社から取引先を獲得しなければ資金的にも会社の存続はできないという厳しい状態でした。しかし、営業活動において断られるのは当たり前でそこから始まるのが営業であると思って行動していたため、厳しい状況であってもそこから視点を変えた展開ができました。これも「断られる」というマイナスを「当たり前」と捉えてプラスに変える思考の結果であったと思います。

■地方のハンデとメリット

東京へ進出した時も、当然ながら市場での顧客はゼロでのスタートでした。弊社スタッフにも「地方で作ったものが都会で売れるわけがない」、「無理に決まっているから本気にしないほうがいい」という雰囲気が漂っていましたが、私は少なからず「勝算はある」と思っていました。
私がビジネスを始めたころの地方(岡山)の環境は、新幹線は大阪までしか開通しておらず、空港もありませんでした。東京に電話をすると3分で何百円という時代で、東京と地方の情報格差は相当にありました。しかし、交通・情報インフラが進み、飛行機なら東京まで2時間程度で移動できるようになった今では、インターネットの発達で情報共有も容易になり、地方というだけで生じていた大きなハンデが減少しています。現在、盛んに言われている「働き方改革」においては、むしろ地方であることが有利であると感じています。

地方の環境では、社員の勤務年数が長いため経験やノウハウが蓄積されます。また、スタッフの大半は30代で持ち家を所有し、都市部のような通勤ラッシュによる体力的・精神的な疲弊もありません。弊社では定時勤務での効率化を目指しているため、仕事とプライベートの区別が明確になり、家族と過ごす時間も充実します。そんな環境で仕事に取り組むことが、モノづくりのアイデアや発想の源にもなっていると思います。働く場所に関しては、地方より都市部勤務のニーズは高いですが、販売は全国、研究・開発は津山(地方)という弊社の考え方で、働き方の観点からIターン、Uターンを含めてマイナスをプラスに変えられるように取り組んでいきたいと思います。

                  アスクラボ株式会社 CEO 川嶋 謙