企業が組織として掲げる目標は、その企業の理念でありビジョンであるべきはずです。しかし、昨今では「コンプライアンス」という大義の下で、指示的にあるいは命令的に、そしてマニュアル的に明文化されたものが組織としての統一行動の指標となり、企業理念やビジョンが形骸化しているように思います。

仕事柄、営業活動や研修を通じて、現場スタッフ層から経営者層まで多くの方々と交流する私ですが、形骸化した企業理念やビジョンに沿うべく、本来の能力や個性をあえて表に出さない傾向にある「人財」が多くなっているように思います。

組織人として企業理念やビジョンを追及することは当然のことです。しかし、形骸化した理念やビジョンを掲げる組織においては、指示・命令・マニュアルを着実に実行することが評価を得ることであり、自身の立場を守ることになります。そこには、個々の人財の潜在能力を発揮する機会はありません。自らの考えは伏せて、マニュアルに沿った行動をしていれば責任を追及されることはないのです。

しかしながら、世の中はすべてマニュアル通りにいかないことも常です。マニュアルに載っていないことは組織としてなおざりとなり、将来の競争力の低下につながるのではないかと危惧しています。 

観点は少し違いますが、同じような傾向として「流れに沿う」ということも上げられます。ある大手企業の部長がこんな話をされていました。稟議書とは、本来は業務上の目的達成のために必要なものの購入について「おうかがい」をするものだが、途中から本来の目的を離れて、関係者が「いかに稟議の承認をもらうか」という手段を考えだす。自分としてはそれに違和感を覚えているが、家のローンが70歳まであることを考えると、組織の中ではその流れに沿っていくしかない。そんな自分に対して悩んでいる。

これはまた別の例です。
大手ベンダーでは、赤字プロジェクトやトラブル防止について、さまざまな取り決めや対策をたてて実施しています。しかしながら、依然として赤字プロジェクトやトラブルが発生し、その都度、関係者一同が懸命に対応し沈静化させるということが繰り返されています。関係者の中には、プロジェクトの遂行課程で「これは危険だ」、「このままだと危ない」と、トラブルや問題の兆候を感じている人がいるはずです。しかし、上司や先輩がそれに対して声を上げず自分たちで処理しようとしていた場合、その流れに沿わない意見を上げることは、結果的に上司や先輩に反対することとなり、組織内での自身の立場を危うくすることにつながりかねません。勇気をもって組織・会社のために声を上げた人が、その後どのような処遇を受けたかをスタッフは皆知っています。そのため、本来あるべき姿ではないと理解していても、それを打破するにはリスクが高いと判断せざるをえない状況にあり、多くの人が「責任を取らされる」こと「仲間外れにされる」ことを非常に気にしているのです。

これらの例を、新たに入社する社員も日常的に見ることとなります。そして、組織内で自分の身を守るための言動を身に着けます。これが会社の風土となって引き継がれていきます。

指示・命令的なマニュアルに着実に沿った行動が評価され、本来の目的と外れても流れに沿った行動をすることが自分の立場を守る術となってしまった組織で、グローバル化したビジネスで勝ち残ることができるのでしょうか?
                             アスクラボ株式会社 CEO 川嶋 謙